嘘告彼氏と振られる彼女 (創作小説) 2日目
高校一年 8月上旬 夏休み前半
「コウスケってチハルのこと好きなの?」
「えっ」
急に振られた質問に対して、思わず動揺の声を漏らしてしまった。
俺、上田コウスケはいま高校初めての夏合宿に参加している。
吹奏楽部の一部員として。
中学からずっとトロンボーンを演奏し続けて、今年でもう4年目になる。
そのため、これまで合宿には何度か参加したことはあったが、こういう質問をされたのは初めてだった。
「何でそんなこと聞くの?」
「あれっ?違った? チハルから聞いてた話と違うな~」
こんな質問をしてきたのは、俺と同じく吹奏楽部で同級生の、森山ミサキだ。
フレンドリーで男女分け隔てなく接する彼女は、部内外問わず人気がある。
そして彼女の言う「チハル」とは、宮崎チハルのことだ。
同じく吹奏楽部の同級生で、後に俺が告白する女子である。
「チハルがそう言ってたの?」
「うん。上田が私のこと好きかもって。両想いかもしれないってめちゃくちゃテンション上がってたよ」
そうだったのか⋯。チハルは俺のどこを見てそんなことを思ったのだろう、と思った。
確かに部内では、俺は普通の人に比べれば彼女と仲良くしていたとは思うが、別に恋愛感情があったからそうしていたという訳では無かった。
それに親しさの面で言えば、いま会話している森山や同じく吹部男子で同級生である三島レンと大して差はないと言っていい。
「あれ?てかチハルって俺のこと好きなの?」
「そうだよ!えっ、もしかして気づいてなかった?」
「うん」
「えー!チハル結構前から上田のこと好きだったのに~。てっきり上田もそのこと知っててチハルのこと好きなんだと思ってたよ」
「いや、全然知らなかった。というかそんな風に考えたことも無かったよ」
なぜ俺がチハルの内心を知っている前提で話を進めるのだろうと、森山の態度に違和感を感じていた。
だが無意識に俺は、人の心のうちを勝手に決めつけて、一人盛り上がるだけに飽き足らず、ありもしないことを他人に言いふらすチハルに対して妙な憤りを感じていた。
「自分が好きだから、相手も自分を好きである」という妙な幻想を一方的に押し付けられているような感覚があったためだ。そのせいかチハルに好意を抱かれていることに対してどこか不快感を感じずにはいられなかった。
しかしこの時の俺はそのことを本能的には感じていたものの、チハルが俺を好きだという事実に内心驚いていたため、言語化することが出来ず無意識下でただ何となく不快さを感じるだけにとどまっていた。
「そっか。じゃあまだ脈アリの可能性もあるってことだよね?」
「えっ⋯どうしてそうなんの。考えたことも無いから分かんないよ。」
「だからだよ!考えたことないってことはまだ好きかどうか分かんないってことでしょ?」
「そりゃまあ、そうだけど⋯」
「じゃあ、好きになる可能性もあるってことじゃん!チハルも好きって言ってるんだし、告って付き合ったら好きになるかもなんじゃない?」
「どうしてそうなんだよ⋯ てか自分が好きかも分かんないのに告白するってどうなのかな」
「でも、チハルは上田のこと好きなんだからぜったいOKもらえるじゃん!女子に告白させるなんて男としてだめだよ、男子から行かなきゃ!」
「でもなあ⋯」
「それに、上田彼女欲しいって前言ってたでしょ? 自分のこと好きになってくれる子なんて今後現れないかもだよ。」
森山の態度に対して抱いていた違和感が分かった。
森山は俺にチハルと付き合って欲しいのだ。前時代的なセリフを口にするほどに。
目の前で起こりそうなゴシップの種を意地でも芽吹かせようとする女子高生特有の、獲物を狙うハイエナのような目が怖かった。
確かに俺は、以前に彼女が欲しいと言ったことがある。
しかし、それは本心半分、虚栄半分の発言だった。
高校生になると、「彼女いない歴=年齢」という肩書に対する恐怖感がより一層濃くなった。あちこちで聞こえる恋愛話、顔を合わせれば「彼女出来た?」「彼氏できた?」と鳴く同級生たちの会話、もはや耳にタコが出来るほど聞き飽きたし、その度に恋人を持つ知り合いが増えていくことに焦りを感じていたのも本当だった。
しかし、俺には好きな女子が出来たことが無かった。だから告白したいと思う相手もまたいなかった。
告白されることなんてそれ以上に無かったため、世間一般の平均的な恋愛初経験時期から遅れていくのは当然で、それがどんどん進んでいくのが怖かった。
自分に彼女が出来なければ、周りから失望されてどんどん人が離れてしまうと思っていたのだ。
その焦りが、俺をチハルに対する嘘告白へと導いた。
あるいは初めて自分を好きになってくれる人に出会ったことで、高揚していたために嘘告白をしてしまったのか。
今となってはもう分からない。まあ、どちらでも結果は変わらないのだが。
その後の森山との会話から、どうやら同級生の何人かも、もうチハルの恋愛事情を知っている様子だった。あたかもシンデレラストーリーのごとく、彼女の恋物語を美化して俺に押し付けてくる同級生に対しても、俺は不快感を感じずにはいられなかった。
別に両想いであるわけでも、運命的な出会いであるわけでもないのに⋯
だが一方で、今まで好きな女子も出来ず、恋愛に無頓着だった俺にとってこの機会はまたとないチャンスだった。
「もしかしたら、告白して付き合ってみれば好きになるかもしれない⋯
それにチハルが周りにそう言いふらしている以上、もう今まで通り友人の関係ではいられないだろうし⋯
恋人になるか、互いに気まずい状態になるしかない⋯でもチハルを振れば俺も部活にいづらくなるし⋯」
自分を好きになってくれる人が出来るのは初めてで、でも俺は彼女のことを好きかどうか分からない。
どうすれば良いのか分からずただもやもやしながらその日は寝床についた。
そんな状態のまま、その年の夏合宿は終了してしまった。
次の展開は言うまでもないだろう。
合宿後の夏休みのある部活日の帰宅時間。チハルに一緒に帰ろうと誘われた。
自分のことを好きだと知ってしまった途端、彼女の顔を見ると妙に緊張してしまう。その原因が恋だからなのか、それとも気まずさからなのかは、告白するまでは分からなかった。
チハルから、別れ際に「何か私に言いたいことない?」と、顔を近づけて迫られてしまったら、もう正常な判断など出来ない。
俺は気が付いたら、あのセリフを口にしてしまっていた。
あとがき
ここまで読んで下さりありがとうございました!
普段のブログと違い、物語を書くのってめちゃくちゃ時間かかりますね⋯
因果関係の整合性や、誤字脱字が無いかとか、セリフは合っているのかとかチェックしながら書くとすぐに何時間も溶けてびっくりしました
小説家の方々には頭が上がりません⋯
そういえば1日目は登場人物の名前すら決めてなかったのですが、今回やっと決めました!一応箇条書きではありますが、載せておきますね!
・上田コウスケ
男主人公
・宮崎チハル
ヒロイン
・森山ミサキ
主人公の女同級生
・三島レン
主人公の男同級生
今回もありがとうございました!