高校一年 8月 夏休み下旬
告白してはや数日。俺は晴れて彼女持ちの男子高校生になった。
この時の俺はまだ心のどこかで、チハルを好きになる可能性があるかもしれないと思っていた。彼女に嘘告をした罪悪感をどうにかしてごまかしたかったのだろう。
だが「彼女が欲しい」という願望は、歪な形ではあるものの叶えることが出来た。
そのことにどこか背徳感を味わいながら、俺は夏休みの部活に参加していた。
「彼女欲し~~」
昼休みの時間、同級生であり、俺と同じくトロンボーンを吹く三島レンが暑苦しい声でそう言った。
俺は少しドキッとした。三島の常套句であるはずのそのセリフが、何だか妙に心に刺さった。
「はいはい、そうだね」
「お前は良いよな~。すぐ女子と仲良くなれるんだから。俺もお前みたいなコミュ力あったらモテるのに~」
「別にコミュ力あるわけでもないし、あってもモテねーよ。単純に異性として見られてないだけ。」
「それでも仲良いことに変わんねーじゃん。いつも楽しそうに喋っててさ~、羨ましいよマジで。俺女子相手になると緊張して全然喋れねーんだもん」
「別に挨拶は出来てんだから、そのまま何か話せばいいじゃん」
「それが難しいんだろうが!何話せば良いのか分かんねーんだよ⋯」
チハルと付き合い始めたことは、まだコイツには言っていない。
だからだろう。三島の「彼女が欲しい」というセリフに対してどこか後ろめたさを感じずにはいられなかった。
三島という男は典型的な奥手である。クラスでは複数の男子といつもくだらない話題でげらげら笑っているし、男子の中では結構人気な奴なのに、女子の前になるとなぜか固まってしまう。
背が高くてごついし、そのくせ顔も少し恐いから、どうしても女子の方も近寄りがたくなってしまうのだ。
結果として、三島は吹奏楽部という女子だらけの部活の中で、自分のことを「浮いている奴」と感じ、更に女子に話しかけられなくなるという悪循環に陥っていた。
「森山とは平気で喋ってるのに」
「あいつはどっちかと言えば、男子っぽいじゃん。それに同じパートだから話せんだよ」
「そっか~、その要領で他の女子に話せないもんかな」
「無理無理。全然違うんだって。宮崎くらいなら話せるんだろうけど、他の女子に至ってはやっぱ何喋ればいいのか分からねーよ。それにみんな可愛いからドキドキしちゃうし」
三島は変な所で純情な奴だった。女子と喋る経験が少ないせいもあるのだろうが、大抵の女子は彼にとっては可愛いらしく、変に意識してしまうのだそうだ。
そのことを思い出して、余計に気まずい気持ちになった。
自分に彼女が出来たことが、そのことを黙っていることが、どこか三島を裏切っているように思えてしまって。
告白したその日、俺は宮崎チハルに対して
「俺らが付き合っていることは、しばらく周りに言わないで欲しい」と伝えた。
ただでさえ、自分がした事の重大さについて参っているのに、それを他人から祝われたりでもしたら気がおかしくなりそうだったからだ。
身勝手なだとは思いつつ申し出たその願いを、チハルはあっさり受け入れた。
実際に吹奏楽部内で変な視線を感じない所からも、チハルは俺の要望を忠実に守ってくれているのだろう。森山にすら何も言われない所からもそのことは明らかだった。
何だか申し訳ない気持ちになりながら、俺はお弁当を食べ終え、午後の部活動にいそしんだ。
帰りのミーティングあと。
帰り支度を済ませていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「一緒に帰ろ」
振り向いた先にいたのは、チハルだった。