「そんな奴にかまうなよ、転校生!」
その無駄に自信の溢れた声で、もう誰だか分かった。
ザブゴンだ…。
私と同じドラゴン。肌の鱗は水色で水中でも泳げるように背びれが付いている。基本的に自己中心的で自分に都合が悪いことがあるとすぐにつっかかる。典型的な問題児だ。
「そいつはこの年になってもまだ真器が作れないようなやつだぜ」
癪だがコイツもモリゴンちゃん同様、小学生の頃からの付き合いで、さっき言っていた「私のことをバカにするやつ」とは、まさしくコイツのことである。
「うるさいな~
この前の体術の授業で私から一本も取れなかったこと、まだ気にしてるの?」
「なっ!!
て、手加減してやったんだよあの時は!
真器の作れないお前から体術まで取ったら可哀相だからな。」
相変わらず嫌みたっぷりの返しだ。
昔から自信過剰ですぐに人のことをバカにしていたが、この頃になってそれが一層強まったような気がする。
「それに真器を作れない奴がいくら努力したって、天空騎士になれるわけないぜ。」
さすがにその言葉は聞き捨てならなかった。自分の夢を踏みにじられたようだったからだ。
いくらバカにすると言っても限度がある。
確かに真器は作れないが、それを理由に何でも言っていい道理はない。
頭に来た私が、ザブゴンに掴みかかろうとしたその時。
「さすがにそれは言い過ぎなんじゃないかな。」
シロップが口を開いた。
「出来ないことを一生懸命頑張っている相手にそういうことを言うような君こそ、騎士からはほど遠いと思うな。」
少し驚いた顔をして、ザブゴンも返す。
「なんだ、転校生。
オレはメラゴンに現実の厳しさを教えてるだけだ。いつまでも叶えられない夢を追いかけさせるなんて可哀相だろ?
邪魔するなよ。」
「僕には君がメラゴンを傷つけているようにしか見えないけど。」
「そう見えたんならお前もメラゴンと同類だ。朝の挨拶といい、さぞ世間も現実も知らねえようないいところで育ったんだろ?
頭に花畑の咲いた連中同士お似合いじゃねえか。」
「僕のことは好きに言えばいい。だけどこの子には謝るべきだ。」
シロップの顔は怒っていた。
そんなシロップを見ると、私はそれまで怒り心頭だったのにむしろ冷静になってしまった。
自分のことではないのに、自分のことのように怒ってくれるシロップの行動が嬉しかったのだ。
「ありがとう、シロップ。」
私はシロップの耳元でそう囁くと、ザブゴンの方に近づいた。私のことをバカにするのも許せないが、シロップまでバカにするのはもっと許せない。
「本当は悔しいんだよね?ザブゴン。
どんな勝負でも私に勝てないから。だから私が真器を作れないことをずっとネチネチ言ってくるんでしょ?
だって、それが唯一ザブゴンが私に勝ってるところだもんね?」
私はあからさまにザブゴンの逆鱗に触れるような挑発をした。本当は私のことを意識していることなど知っている。
予想通りザブゴンは挑発に乗ってきた。
「はあ!?そんなわけないだろ!」
「本当かな~?私が真器作れるようになっちゃったたらザブゴン困るんじゃない?もう私に勝てる分野無くなっちゃうだろうからさ。」
「あんまり調子に乗るなよ。
オレがいくつの時から真器を扱えるようになったと思ってんだ?
お前が仮に真器を作れるようになったところでオレには勝てないし、まず真器を作れない今のお前じゃ勝負にすらならないぜ。」
「それはどうかな?ザブゴン程度の相手なら、真器なんて無くても余裕で勝てるよ。むしろハンデとしてちょうどいいくらい。」
「あぁ?流石にそれは舐めすぎだ。
何も分かってねえみてえだから、今ここ教えてやるよ。現実ってやつをな!!」
ザブゴンはそういうと、自分の真器を生成し始めた。
水色の閃光が煌めいた後に、ザブゴンの手には、サーベルに似た形の剣が握られていた。
まっすぐで細めの刀身は、白銀に輝いている。
そして、剣の柄を両手で顔の近くに持ち上げ、切っ先をこちらへ向ける構えをした。
完全にやる気だ。
正直に言えば、9割方ハッタリだった。
武器を持つ相手に大して丸腰で正面からやりあうななど無謀に近い。
だが、私の夢を否定せず、真器を作ることを手伝おうとしてくれたシロップを侮辱されるのは許せなかった。
私は母から教えてもらった、武器を持った相手に対する護身術の構えを取った。